c0211322_2352059.jpg今年、二人の友人が結婚した。

どちらも、以前の会社で共に働いていた。
でも一緒に仕事をしていた期間は数ヶ月。

私は、長く一緒に働いていた社員さんよりも、ほんの数ヶ月一緒に過ごした派遣さんやパートさんと
仲良くなる事が多くて、彼女達が辞めていった後も付き合いは切れず、たまに顔を合わせて近況報告をしている。

その中で、今年結婚した二人の友人。

一人は、イギリス人のダーリンと結婚してイギリスに移住したNっきー。
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美男美女。
お顔をお見せできないのが、とても残念(;;)


彼女は、日本とイギリスで2回も式を挙げた。
一人の相手と2回も式ができるなんて、羨ましい事この上ない。
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ダーリンのご家族に、とても可愛がってもらっているようだけど
それでも自分の家族と離れて、遠い国で暮らすのは
色々と大変な事があるだろうと思う。

でも彼女は、何事もとっても前向き。
その明るさで、どんな事も乗り越えられそう。

Nっきー、結婚おめでとう!
あなたの笑顔に、どれだけ癒されたかわからない。
ダーリンといつまでもラブラブでね(´౪ `*)

それから、もう一人はAちゃん。
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彼女は、私より10歳も若い。
そんな子が、どうして私と友達でいてくれるのか不思議。
でも、とても慕ってくれているし、私もそんな彼女が可愛い。

今、ふと思ったけど、私って意外と年下の友人が多いかも。。。
保育園で知り合ったママ友さんなんかだと
私は一人目の出産が遅い方だから
年下でも先輩ママさんだったりする事が多くて
年下なのに、ねーさん呼ばわりしていたりするし^^;

何にしても年下だからといって、別にお世話してあげる訳でもないし
ためになる事を教えてあげたりもない。
あっ!・・・精神年齢が低いからかも?!
と、そんな分析はどうでもいいとして

友人として結婚式に出席するのは
もしかしたら彼女で最後かもしれない。
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繊細で心優しいAちゃん。

他に共通の友人もおらず、一人で出席の私の為に
私に声をかけるよう、お友達に口添えしてくれていた。
式の間も、実家でお留守番をしているリーダーとセオの事を
何度も気にかけてくれていた。
とんでもなく気配り上手なAちゃん。それは他の誰も真似できない。
きっと、いいお嫁さんになるね^^

招待状をもらった時、セオがちょうど手がかかりそうな時期だなぁと
ギリギリまで出席を迷っていた。
でも主人や実家の両親が協力してくれて、なんとか出席する事ができた。
Aちゃんの優しさがたくさん詰まった結婚式。
とても素敵だった。
出席して本当によかった。

Aちゃん、結婚おめでとう!

幸せな人の近くにいると、自分も幸せな気持ちになれる。
彼女達がいつまでも素敵な笑顔を振りまいていてくれますように。

I wish your happiness would last forever。。。


******************************
Aちゃんの結婚式会場までの道のりが、ちょっぴり不安だった私に
主人とリーダーが付き合ってくれた。
リーダーの電車代がタダのウチに、電車に乗せて楽しませてやらねば
そんな姑息な考えもあったけど(笑
うまく電車を乗り継ぐ事ができれば、最速で1時間。
一人だったら2時間ぐらいかかってたかもしんない^^;

私を会場の前まで送ってくれて、用事がなければ
式が終わるまで待っているつもりでいてくれた主人だけど
夜に用事が入っていたので、リーダーと共にそのままとんぼ返り。

ありがとう。
あなた達がいてくれるから、私は毎日幸せを感じる事ができる。
私は、あなた達に幸せを与えてあげられているかな。。。

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by hagumi-biyori | 2010-12-30 22:47 | hagu日和
セオが日々成長し、行動が激しくなるにつれ
仕事以外でパソコンを触る時間を取るのが難しくなってきた。

まだまだ10ヶ月の赤ちゃんだから
午前と午後に少し寝てくれる時間もあるけど
それはそれで貴重な時間。
その間に、書きものや晩ご飯の支度などの家事
それこそ仕事をしたり・・・。

その大事な仕事も、寝ている間に完了しなければ
泣き叫ぶセオを放置したままにするか
危険なところによじ登ろうとしたり
色んなものを引っ張り出してきたり
そのたびに、安全に遊べる場所に運んだりして手が止まる。
それじゃ仕事にならないし、ミスの元にもなるので
最近は子供が寝て、家事を済ませた後に仕事。
でも、やっぱりお肌の為には11時までには布団に入りたい。

そう思いながら、こんな時間(23:30現在)にブログを書いている私は
明日以降のお肌が危険にさらされる事を覚悟の上だ。

そんな訳でなかなか更新できなかったので、載せたいと思っていた内容が
ほとんどタイムリーではなくなってしまった。

クリスマスまでに載せたかった日記があったのに・・・。

ある日、保育園で先生に声をかけられ
布で絵本やおもちゃを作る講師の方がいらっしゃるので
時間があれば参加しませんか?と先生からお声がかかった。
どんなのだろうと思って、参加してみた。

講師の方は「やまだゆきこ」先生

作るものは『サンタの輪投げ』
裁縫は好きだけど、上手な訳ではないのでドッキドキ。

でも先生がとても明るくてお話上手な方だった上に
他の参加者の方が、知った顔ばかりだったので
ワイワイとしゃべりながら、とても和やかな雰囲気で
すごく楽しく作業ができた。
そして、1時間半で何とか完成。

帰り際に、セオがサンタの首を引きちぎってしまったので
自宅に帰ってから、補強はしたけれど・・・。

完成した『サンタの輪投げ』※補強後w
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なかなかいい感じではないかな?
この写真は、何としてもクリスマスまでに載せようと思っていたのに、結局間に合わなかった。

でも、頑張って作ったから、遅れちゃったけど載せておこう。

遅れまして、メリークリスマス☆



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今年は、リーダーの保育園も主人の仕事も明日の28日で最後。

リーダーは、あと3ヶ月で卒園。
年長になってからは、ぐんとお兄ちゃんらしく成長。
セオが誕生した事で、色々と心配したけれど
赤ちゃん返りはしなかったし、それどころか
たくさんお手伝いをしてくれるようになった。
お母さんとても助かってるよ。
可愛い大好きなリーダー、本当にありがとうね。

お父さんは、今年の春は仕事が激減して、このままだと
今の生活ができなくなるんじゃないかって心配したけど
ここ最近は、また仕事が忙しくなって元に戻った。
でも、今度は体が心配。
朝早く帰りが遅い日が続いて、休みもほとんどない。
貴重な休みは、家の事で用事がいっぱいだもんね。。。

いつもゴメンね。
そして、いつもありがとう。
これからも宜しく^^

あーーーもう限界だ。
早く寝よう。
明日の朝の顔が恐ろしいぞい。。。

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by hagumi-biyori | 2010-12-27 23:34 | hagu日和
11月26日(金) AM5:31
義父が息を引き取った。

心臓が弱まっていると連絡を受けて
家族全員が駆け付ける15分前だった。
誰も間に合わなかった。

この日は本当なら退院するはずだった。
病院にいても治療ができないなら、早く自宅に帰りたい。
義父はずっとそう言っていた。

義母はそんな義父の想いに応えるべく、自宅療養に向けて
色んな機械の操作を必死で覚えていたところだった。

一人では歩けない義父の為に、車いすや可動式のベッドなど
介護の為の道具一式は揃っていた。

でも昼間はともかく、夜は義母一人では心細いだろうと
主人がしばらく実家に帰る段取りをしていた。

実家から主人の会社までは自転車で10分程の距離。
もし昼間に何かあっても、すぐに駆け付ける事ができるから。
その為に、ずっと使わずに放置していた折りたたみ自転車を
実家に運ぶつもりで、その週末には整備しようと話をしていた。

緊急事態に陥ったとしても延命処置はしない事になっていた。
だから、ガン末期である義父の余命は限られていたけれど
できる限り、一日でも長く生きていてほしい。

主人は礼服を持っていなかったから、こういった事は
早めに準備していおくと、死期が延びるという
根拠のない言い伝えにもすがるつもりで
それも週末に買いに行こうと話をしていた。

その矢先だった。

あと数時間もすれば、大好きな自宅に帰る事ができたのに。
せめてあと15分待ってくれれば
私達が最期を看取る事もできたのに。

でも朦朧とした意識の中では、家族の誰とも会話はできない。
義父はわかっていたんだろうか。

同じ週の月曜日、痰が喉に詰まって窒息した義父。
もうダメかもしれないからと連絡が入って
義姉一家と私達一家の全員が駆け付けた。

以前は、イベント毎に全員が集まっていたけれど
義父が入院してからは、ほとんど集まる機会がなかった。

久しぶりの全員集合。
ナースステーションの中にある観察室が、私達家族で溢れ返った。

幸い、痰を取り除くなどの処置をしてもらって
義父は命を取り留めた。

薬のせいで、少し幻覚症状はあるものの
起き上がってベッドの上にあぐらをかいて座り
私達の顔をしっかりみつめてくれたし
ほんの少しなら会話もできた。

でも結局、全員が揃って義父と顔を合わせる事ができたのは
その日が最期だった。

もしかしたら、義父は自分の死期を悟っていて
自分がまだ少し余力が残っている内に
全員が集まれそうな日をきちんと選んでいたのかもしれない。

医師や看護師の話では
ほとんど苦しまずに亡くなっているだろうという事。
確かに、ただ眠っているような穏やかな顔をしていた。

義父が唯一心を許していて、我儘を言って甘えていた人は
義母だけだった。

そんな義母に、最期ぐらいは迷惑をかけずに逝こう
義父はそう思ったのだろうか。
自宅に帰りたい気持ちをぐっと堪えて・・・。

自宅療養になれば、義母の生活は一変する。
それは避けようと考えたのだろうか。

そんな風に思わなければ、あまりにも早すぎる。

年賀ハガキだって買って用意していたし
年末年始を一緒に過ごすつもりだってしていた。


・・・お義父さん
私は、もっともっと話がしたかった。
だって、まだ12年程しか顔を突き合わせていない。
リーダーと一緒にお酒を飲むんじゃなかったの?

私は、全然いい嫁じゃなかったろうけど
お義父さんの事が大好きだったよ。
お義父さんとFAXでのやりとりも楽しかった。

天国で、大好きな野球チームを作って
思う存分試合を楽しんでね。

そして、遠くから私たち家族を見守っていてください。

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筆マメだった義父は、わかっているだけでも
50年以上前から、ずっと日記を書いていた。
もちろん入院中も。

葬儀が終わった翌日
前日の夜遅くに、やっと自宅に帰ってきた義父と過ごすため
義姉一家など、全員が改めて集合した。

そこで、義父が一番最後に綴っていた日記を
姪っ子ちゃんが涙をボロボロ流しながら読んでいた。

再入院の少し前から始まっている日記。

痰に血が混じっていた事。
肺に水が溜まっている事による胸の痛み。
もう手術はしたくない、入院もしたくない。

そこには、お義父さんの弱音がたくさん綴られていた。

入院してからは、日々変化する体重や
食べたい物や行きたいところ。

その日病院に訪れてくれた人の名前。

お義母さんが病院に来た時間。
『〇〇時〇〇分 ◎子 来る』
『◎子 まだ来ない』

誰よりも我儘が言える相手。
義母が来る事だけを楽しみに待っていた義父。

そんな義父の気持ちが手に取るように感じられた。

そして、皆へのメッセージ。

段々、字を書く事もままならなくなってきて
その事に対する不安も、書かれていた。

実際に、亡くなる2週間程前で日記は終わっていた。

私が、毎日でも病院に行ってあげる事ができたら
代わりに書いてあげられたのに。。。

今更、悔やんでも仕方のない事だけど。

お義父さんが最期に残してくれたメッセージ。
私たちの宝物。
大切に保管しておくからね・・・。

『haguちゃん リーダーとセオを生んでくれてありがとう。』

『リーダーのランドセル姿 見たかった。』

『みんな みんな ありがとう』

『じいちゃんは 世界一の幸せ者です。』

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by hagumi-biyori | 2010-12-04 23:11 | hagu日和